“9秒94”を叩き出した多田修平とは何者だ! 日本国内で史上初の「公認9秒台」に



 相模湾から南風が吹いていた。

 6月10日、日本学生陸上個人選手権。会場のShonanBMWスタジアム平塚(神奈川県平塚市)はホームスタンドから見て右から左へ、夏の気配を含む風がトラックを撫でていた。空席の目立つスタンドに「熱中症にお気を付けください」というアナウンスが流れる。

 午後2時45分、風向きに合わせてバックストレート側で行われた男子100メートル準決勝1組。紺色のユニホームが中盤から前に抜け出た。ももが高く上がるフォーム。他の選手を置き去りにしてフィニッシュラインを駆け抜けると、次の瞬間、速報計時の表示が止まった。

 「9.94」

 大会本部前の日本学連関係者から一斉に「えっ」と声が漏れた。

 もう一度、表示を確かめた者から次々と声が上がる。

 「えー!?」

 追い風4.5メートル、9秒94。

 驚愕のタイムを叩き出したのは多田修平。関西学院大3回生の20歳だ。

 追い風参考記録では、これまで桐生祥秀が2015年3月に9秒87(追い風3.3メートル)を、ケンブリッジが今年4月に9秒98(同5.1メートル)をマークしていたが、いずれも米国の競技会。日本国内の電子計時で記録されたのは史上初めてだった。

 18年前の1999年に、手動計時ながら同じ競技場で9秒9をマークした伊東浩司は日本学連の理事として、本部前のパイプ椅子に腰掛け、レースを見届けていた。

 伊東は準決勝前、予選を流して勝ち上がった多田に発破を掛けていたという。

 「『行けよ』と声を掛けたら、『準決勝は行きます』と言っていた。いつも良い条件で走れるとは限らないですからね」

 「伊東さんの言葉が効いたんじゃないですか?」

 そう振ると、表情一つ変えずに、こう返ってきた。

 「いや、彼はあれくらいの力があるんです」

 ■ガトリン絶賛「素晴らしいスターターだ」

 タイムを確認した多田は両膝に手を当て、弾む息と気持ちを整えてから体を起した。その表情に喜びと驚きが入り交じった笑顔が広がった。

 「風に押されて、良い感じで加速して行ったんで良かったです。ビックリしました」

 快走の萌芽は春先からのぞいていた。4月29日の織田記念国際は10秒24(向かい風0.3メートル)で、桐生に次ぐ2位。5月11日の関西学生対校選手権で10秒22(向かい風0.2メートル)まで自己記録を伸ばした。

 そして、5月21日のゴールデングランプリ川崎では10秒35(向かい風1.2メートル)、9秒台ランナーの蘇炳添(中国)らに先着しての3位。特筆すべきは、そのレース内容だった。

 スタートから低く鋭く飛び出し、70メートル付近まで、リオデジャネイロ五輪銀メダリストのジャスティン・ガトリン(米国)の前を疾走。レース後、ガトリンは真っ先に多田に握手を求め、「素晴らしいスターターだ。彼は今日のダークホースだよ。私も含めて、みんな驚いたと思う」と絶賛したほどの切れ味だった。

 多田は大阪府東大阪市出身。1学年下に弟がいる。サッカーや水泳に親しんでいた少年は「運動会で走るのが好きだったから」と、石切中に入学すると本格的に陸上を始めた。

 大阪桐蔭高で高校総体6位。自己記録は10秒50。陸上男子の強豪大学は関東に集中しているが、「関西から世界に羽ばたいていける選手になりたい」と、進学先に関西学院大を選んだ。

 同大の林直也コーチが「うちは一般入試の部員もいますが、同じ全体のメニューをやっています。1年の時に(左脚を)故障したけど、前向きな性格なので、慌てずコツコツを練習をやってきました。メンタルは強い方じゃないですかね。誰と走っても物怖じしないんで」と言えば、小中高大学が同じ1学年下の後輩、足達一馬は「多田君はとにかく優しい。怒った所を見たことがない。めちゃ良い人で、めちゃめちゃストイック」と語る。

 誰もが慕う好青年は、同時に真摯な探求者でもある。

 ■「腰を入れる」新たなスタート

 急成長のきっかけとなったのはシーズン前の米国合宿だった。多田は大阪陸協の強化策の一環で、2月に約3週間、米テキサス州に遠征し、元世界記録保持者のアサファ・パウエル、その兄であるドノバン・コーチと練習を共にした。

 「そこで『何だ、そのスタートは』と言われたみたいですね」と林コーチ。

 元々、スタート時に腰が「く」の字に曲がって頭が下がり、つんのめるようにして出て行くフォームだった。それでは力にロスがあると、2人で修正を試みたが、これがなかなか直らなかった。

 「それでもそこそこ速かったんで変えられなかった。『あれが彼のバランスに合っているのかな』と妥協しそうになっていたんです」

 しかし、世界のトップからの指摘は刺激が大きかった。多田はパウエル兄弟のアドバイスを自分流にアレンジ。「視線を前にして腰を入れて、1歩目を速く」とスタートを変えたのだ。腰をあまり曲げない新たな形は思いのほか、しっくり来た。

 加速が伸びやかになったのには、もう一つ要因がある。冬季から取り組んで来たウエートトレーニングだ。

 本人によると、足が高く上がる独特のフォームは高校時代に原型が出来上がっていた。「足を上から叩き付ける。地面からの反発をもらって足を上げる。高校時代から(接地する足に体重を)“乗せる”動きは日々、練習していました」。伊東が「多田君は足の回転が速いのが魅力。回転がきれい」と言うように、元々、ピッチには定評があった。

 今季はそこに力強さが加わったと、林コーチはみる。

 「これまで足の回転だけで走っている感じだったので、臀部やハム(太もも)にもう少し筋力を付けようと筋力アップを図ってきました。その効果でストライドが伸びたのでは」

 ■日本歴代7位タイの10秒08

 準決勝から約3時間半後の午後6時20分すぎ、日本初の「公認9秒台」が注目された決勝のため、別の取材現場から各社の記者が次々と駆け付けてきた。

 多田は両手を頭の上で組み、ひと伸びしてから真横に広げるルーティンから、スターティングブロックに丁寧に足を掛けた。号砲とともに、176センチ、66キロの細身の体は軽やかにスピードに乗った。

 10秒08。追い風1.9メートル。「10秒の壁」こそ破れなかったものの、日本歴代7位タイの好タイムで、堂々と今夏の世界選手権(ロンドン)の参加標準記録を突破した。上体が立つ多田のフォームは追い風との相性がすこぶる良い。

 「この日、3本目のレースだったので体はきつかったけど、良い感じで走れました。本当に嬉しかったのは参加標準を切れたこと。日本選手権までに切れて良かった」

 柔らかな笑みを浮かべ、新鋭は、こう続けた。

 「リオ五輪の(400メートル)リレーを見て、頑張ろうという気になったんです」

 まだ日の丸のユニホームに袖を通したことはない。23日開幕の日本選手権(大阪・長居)。今夏の世界選手権(ロンドン)の切符を懸けて、桐生、山県亮太(セイコーホールディングス)、ケンブリッジの銀メダリストに勝負を挑む。(運動部 宝田将志)

引用:“9秒94”を叩き出した多田修平とは何者だ! 日本国内で史上初の「公認9秒台」に驚愕


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