人気選手離脱で世代交代 「新日本プロレス」45年の歴史



 昭和のプロレスファンは、金曜の夜8時を楽しみにしていたはずだ。今年で創立45周年を迎えた新日本プロレスは、アントニオ猪木をはじめ、さまざまなスターを生み出している。

 80年代には、タイガーマスクが登場。長州力や藤波辰爾(90年までは辰巳)らがエースとして団体を引っ張ってきた。90年代に入ると、武藤敬司、蝶野正洋、橋本真也の闘魂三銃士が新日の顔になる。

 ファンなら、思い出の名勝負が一つや二つあるだろう。「プロレス そのとき、時代が動いた」(実業之日本社)の著者で、プロレスライターの高崎計三氏はこう振り返る。

「新日本の若手エースは、人気選手離脱などのピンチによって生まれるという歴史を繰り返しています。闘魂三銃士は、長州ら主力選手の大量離脱がキッカケ。さらに彼らの離脱などに伴う2000年代の低迷期を経て、棚橋弘至がスターになる。低迷期に体を張って辛抱強く支えた永田裕志も忘れてはいけません」

■若手イケメン台頭で女性ファン増加

 2000年代には総合格闘技ブームなども重なり、観客動員数は激減。新日は暗黒時代を迎える。その後、棚橋、中邑真輔といった人気選手の登場で、再びプロレスが盛り返している。若手イケメンレスラーたちの台頭で、女性ファンも増加傾向だ。

「大人気のオカダ・カズチカは、初めてピンチからではなく誕生したエースといえるのではないでしょうか。イケメンで、かつキャラクターも立っています」

 12年には、ゲーム会社のブシロードがオーナーとなり、メディア戦略にも力を入れる。アカ抜けたイメージになってきたのはそんな事情もあるが、昔ながらのファンには、「猪木イズム」や「ストロングスタイル」が薄れてきていることに不満を感じる人もいるだろう。

「三銃士時代までは選手として猪木がいて、その後もしばらくは猪木院政時代が続いた。猪木時代は、“プロレスこそが最強”という信者たちのよりどころになったのが新日本でしたが、今はエンターテインメントとして楽しみたいファンも増えています。それが不満なのでしょうが、棚橋・中邑が頑張って“猪木後”の時代をつくったところに登場したオカダが、どう団体を引っ張るか、見守っていきたいですね」

 時代のエースたちの努力を忘れてはいけない。

引用:人気選手離脱で世代交代 「新日本プロレス」45年の歴史


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